【特別寄稿】
核兵器禁止条約をめぐる国際情勢 条約はどうしてできたか
山田寿則(明治大学法学部)

 2018年年11月18日、東友会結成60周年記念式典が開かれ、山田寿則先生に「核兵器禁止条約をめぐる国際情勢」についての記念講演をしていただきました。この講演がたんへん好評で、「励まされた」「自分たちの運動に自信が持てた」「これからも頑張りたい」などの声が寄せられました。そのときの講演内容に即して山田先生に書き下ろしていただいた内容を掲載します。

はじめに

山田(やまだ)寿則(としのり)
核兵器をめぐる国際情勢や法的問題に詳しい法律家。明治大学兼任講師、国際反核法律家協会理事。

 いま世界には約1万4450発の核兵器があるとされます。また民生用原発に利用される核物質を含めて世界にあるすべての核物質を核兵器に置き換えるとすれば、10万7417発分になるともいわれます(長崎大学核兵器廃絶研究センター調べ)。
 時系列でみると1986年のおよそ7万発をピークに現在まで世界の核兵器の数は減ってきており、これを指して核兵器は激減していると論じる向きもあります。しかし、核戦争による人類絶滅を午前0時になぞらえる有名な世界終末時計は、冷戦後の1993年時点での17分前から現在に至るまで徐々に0時に近づいており、現在は、冷戦期に最も0時に近づいたのと同じ2分前となっています。
 2018年5月にグテーレス国連事務総長が発表した軍縮アジェンダでも「核軍縮は停滞しており、核の課題は悪い方向に向かっている」と指摘されました。核兵器の数的削減は、核の脅威の低減を意味してはいないのです。
 現在、核保有国は9つあります(米ロ英仏中の5核兵器国とインド・パキスタン・イスラエル・北朝鮮)。現実の核軍縮が遅々として進まない要因として、保有国は「核抑止論」に依拠していることが挙げられます。
 核抑止論とは、簡単に言えば「手を出したら手痛いしっぺ返しをくらう」と相手に思わせること、すなわち“核攻撃できる態勢を示すことで敵の攻撃を抑止する”という考え方です。
 この「核の脅し」が相手に効き目をもつためには、確実に核兵器を使うという確固たる意志と、それだけの能力(核戦力)を持っていることを事前に相手に知らしめなければなりません。そのためにはミサイル実験や核実験を実施することが一番です。このような考え方に立つ国々が核兵器を減らし廃絶することに舵を切ることはなかなか難しいということになります。

人道アプローチ

 ところが、2017年には「核兵器禁止条約」が国連の会議で採択されました。これまで一部の国を除き核兵器の保有を禁じる条約はありました(核不拡散条約=NPT)。地域限定で核兵器の保有や使用を禁じる条約もありました(ラテンアメリカや南太平洋などの非核兵器地帯条約)。
 しかし、世界全体を対象にして、核兵器の開発・実験から始まり、保有、使用と使用の威嚇、配備、そして一定の廃棄手続も規定した条約はこれが初めてです。
 どうしてこのような画期的な条約ができたのでしょうか。背景には、核抑止といった安全保障の「常識」とは異なる別の視点からのアプローチ(取り組み)がありました。これを人道アプローチと言います。核兵器が使用された結果の非人道性に着目して、これを根拠に核軍縮を進め、核廃絶を実現しようとする取り組み方法です。
 この取り組みには先例があります。1997年の対人地雷禁止条約と2008年のクラスター弾条約です。いずれも、(1)その兵器の使用結果の非人道性(例えば、紛争後でもこれら兵器が不発弾として放置され無辜の女性や子どもが被害を受けつづけることなど)を根拠に、(2)兵器そのものを非人道的なものとしてレッテルを貼り(汚名化)、これに基づき(3)兵器そのものを禁止する条約を成立させたのです。そしてこの動きを、NGOとこれに賛同するいくつかの有志国が力をあわせて進めたのです。今回成立した核兵器禁止条約はこれら2条約の成功体験を核兵器に応用したものともいえます。

核兵器の非人道性に関する国際会議

 ひとつの契機は2010年のNPT再検討会議でした。これは5年に一度、前述の5核兵器国を含めて国際社会のほぼすべての国が集い、核軍縮等の取り組みを決める重要な国際会議です。ここで、5核兵器国を含めて「核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道上の帰結をもたらすことに深い懸念を表明」することで合意することができました。
 国際赤十字や核廃絶に取り組むNGOの主張、国連軍縮研究所を始めとする専門機関の報告書の発表、そして当時はスイスやノルウェーをはじめとする人道主義を重視する諸国の強い主張がこの合意の背景にはありました。ここから核軍縮についての人道アプローチが様々に複線的に展開されていくことになります。
 そのひとつが、核兵器の非人道性に関する3回の国際会議です。
 2013年3月、第1回目の国際会議がノルウェー政府主催によりオスロで2日間にわたり開催されました(127か国と国際機関、赤十字などに加えNGOも数多く参加)。ここでは核兵器の非人道性の事実を確認するとの開催趣旨から、核爆発のもたらす健康被害、環境被害、経済に与える影響など様々な角度からの研究報告が提示され、これに対して各国代表が意見を述べるなど活発なやりとりが行われました。
 このとき日本の被爆証言は日本政府代表団の一員として参加した田中煕巳さんがおこなっています。NGOの参加者全員が会場に入ることができないので、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)が中心となりこの会議開会前の3日間、市内の別会場で市民社会の会合を開催。そこにはNGOのみならず政府代表や専門家も参加して、政府間会議と同レベルの報告と意見交換が活発に展開されました。そしてこれを支えるICANの若いスタッフたち。とても活気に満ちた会議でした。政府間会議を締めくくる議長総括では、(1)核爆発が生じた場合、適切な救援能力のある専門機関はない、(2)核兵器の長期的破壊効果は明らかでその潜在性は変わらない、そして(3)核爆発の影響は地球規模に及ぶこと、この3点が確認されました。この会議は核兵器問題を人道という言葉で位置づけなおすことに成功したとされました。
 第2回目の会議は翌2014年2月にメキシコ政府主催によりナジャリットで開催されました(参加国は146、国連機関や赤十字の他多数のNGOが参加)。この会議では開幕冒頭に日本の被爆者(3世も含む)が登壇。参加国の外交官たちを前に被爆証言をおこないました。これがこの会議の雰囲気を決定づけたといわれています。この会議の議長総括では、法的拘束力のある文書による新しい国際規範を求めることがうたわれ、行動への決意が語られました。これを受けて、ICANが現在の核兵器禁止条約の骨子案を発表しています(同年4月)。
 第3回目の会議は同年12月にオーストリア政府主催によりウィーンで開催(英米の核保有国も含む158カ国と国連等の国際機関、NGOが参加。印パは第1回目から参加)。ここでは、従来の被害の事実に基づく非人道性の議論に加えて、法的視点からの核兵器の評価も議論されました。この会議では、核実験被害者も数多く登壇し証言しています。これは併せて開催されたNGOの会議でも同様でした。この会議では、保有国の見解をも取り込んだいわば両論併記の議長総括がまとめられたのですが、これをまとめたオーストリア政府はこれとは別に、核兵器を汚名化し、禁止し、廃絶する努力を進めるとした「オーストリアの誓約」を発表。終了後に各国に賛同を求めました(127か国が賛同)。これら諸国の声が国連総会に持ち込まれ、やがて核兵器禁止条約の交渉会議開催決議(2016年)へと結実するのです。
このように、この非人道性会議の取り組みは、まず(1)核兵器被害の非人道性を様々な角度から検証し、新しい証拠に基づいてその被害の過酷さと甚大さを示した点、(2)有志国とNGOが連携して会議を運営した点、(3)NGOの担い手に若者が多くみられた点に特徴があります。

核兵器禁止条約の成立とノーベル平和賞

 人道アプローチの取り組みが核兵器禁止条約の実現に向かうにつれ、核保有国の反発は激しくなってきました。
 2017年3月の交渉会議冒頭では保有国とその同盟国の大使たちが会議場の外で反対声明を発表する一幕もありました。しかし、会議議長のホワイト女史(コスタリカ大使)は、7月7日の条約採択を目指すと言明し、見事に条約を成立させました(賛成122、反対1、棄権1)。
 条約とは国家間の約束事ですから国家代表が中心となるものなのですが、この会議には被爆者を始めとする多くのNGOが参加・発言が許されました。時には被爆証言が語られ、専門性をもつNGOはその観点から条文に意見を述べるなど、世界から集まった核廃絶への強い意志と熱い想いがこの条約には込められているように思えてなりません。
 条約前文には、ヒバクシャがうけた「容認し難い苦しみ」が留意され(6項)、また核廃絶へのヒバクシャの努力が認識されています(24項)。条約採択にあたり南アの女性大使が、この条約に反対票を投じることはヒバクシャの頬を叩くことになる、と述べたことはとても印象的でした。
 このようにして成立した核兵器禁止条約は、成立に貢献したICANのノーベル平和賞受賞へと繋がりました(同年12月10日)。ノーベル委員会による授賞理由の一つは、政府や専門家だけではなく、皆の問題であるべき核兵器問題に対して、ICANは普通の人々の新しい参加を生み出した、ということでした。難しい「安全保障」の視点ではなく、「人道」という誰もが語ることのできる言葉で核廃絶を求めた取り組みが評価されたものといえます。

おわりに

 2019年1月9日現在、核兵器禁止条約の署名国は70、批准・加入国は19です。あと31か国が批准すれば正式に発効します。しかし、日米を含む北東アジアに関係する諸国に署名国はありません。まだまだ私たちの身近なところに核兵器禁止条約の風は吹いてきていないのが現状です。
 核兵器の非人道性を問うアプローチは、被爆者の方々をはじめとする日本の運動が長年実践してきた取り組みでもあります。被爆体験を語り、広め、繋いでいくことは、日本のような核依存国や米ロ中のような核保有国においてこそ、より真剣に追求されなければならないと思います。

被爆者を先頭に、「核兵器なくそう6.17おりづるパレード」と書かれた横断幕を掲げまちをゆくパレード。
2018年の記念講演の風景