東友会役員の紹介「東友会とともに」

 被爆時幼児だった「若手」被爆者の役員を順次紹介します。被爆時の記憶のない人びとが中心ですが、肉親の死や相談事業をきっかけに東友会に参加し、被爆者運動の新しい担い手になっています。

第7回 法人理事 協議会常任理事(練馬) 綿平敬三さん

綿平敬三さん

 8月6日、広島駅を出たところで母と1歳8カ月の綿平さんは被爆しました。妊娠中だった母と実家のある三次に疎開中でしたが、法事のため西引御堂町の自宅(爆心地から800メートル)に帰る途中でした。混乱の中、その夜12時過ぎに三次に帰り着きました。市内に残っていた父を探しに、母や叔父が入市しましたが、自宅は跡形もなく、父は見つからなかったそうです。
 今も鮮明に覚えているのは綿平さんが5歳のときのこと。具合が悪く縁側で寝ていた3歳の弟(被爆時母の胎内にいた)に水を与えた直後、息を引き取った光景です。
 その後、東京に出てから母が白血病で倒れ、被爆者手帳を取る際に東友会と出会いました。綿平さんも49歳のとき被爆者手帳を取得。62歳で甲状腺機能低下症と診断され、東友会を通じて原爆症認定を申請。却下されたため認定訴訟に参加し、70歳のとき認定を受けました。この経験を通じ、原告として最後まで頑張ろうと考えるようになりました。
 現在練馬の会の会長。東友会の専属カメラマンとして活躍中です。(濱住治郎)