東友会役員の紹介「東友会とともに」

 被爆時幼児だった「若手」被爆者の役員を順次紹介します。被爆時の記憶のない人びとが中心ですが、肉親の死や相談事業をきっかけに東友会に参加し、被爆者運動の新しい担い手になっています。

第6回 法人理事 協議会常任理事(墨田) 湊武さん

湊武さん

 8月6日、広島・比治山の東側にある南段原町の自宅(2.2キロ)で被爆しました。当時、父は出征中、兄は学童疎開中で、母と2歳8カ月の湊さんが2人で住んでいたそうです。比治山のおかげで、屋根と壁に被害を受けたものの家は焼けることなく住むことができ、ケガもありませんでした。
 復員した父が水道局に入局し、その地で18年間暮らしました。被爆10年後に母を病気で亡くし、その後は男所帯の厳しい困窮生活が続き、広島工大附属高校まで進みましたが、大学進学をあきらめ、製薬メーカーに就職しました。その後、独立して薬局を開業。チェーン店展開を計画していましたが、胸部の病にかかり、権利を譲渡して療養生活に入りました。
 快復後、外資系企業に入社。1975(昭和50)年に転勤で上京し葛飾区に住み、葛友会に入会。80 (昭和55)年、墨田区に移って墨田折鶴会の会員となり、7年前に第5代会長になりました。
 現在、墨田区のボランティア活動に参加し、ウクレレを習っています。趣味の手品は東友会でもよく知られています。(森貞士)