東友会役員の紹介「東友会とともに」

 被爆時幼児だった「若手」被爆者の役員を順次紹介します。被爆時の記憶のない人びとが中心ですが、肉親の死や相談事業をきっかけに東友会に参加し、被爆者運動の新しい担い手になっています。

第5回 法人業務執行理事 協議会常任理事(稲城) 濱住治郎さん

濱住治郎さん

 「8月6日、広島に原爆が投下されたとき、私は母の胎内におり、翌年生まれた一番若い被爆者です」という自己紹介が、被爆証言のときの定番の挨拶です。
 広島の爆心地から0.5キロの場所で遺骨も残さず直爆死した父は享年49歳。母と6人の兄姉に育てられた濱住さんは、かもいに掛けられた父の写真を毎日見上げていたと話します。
 父が死んだ年齢に自分がなったとき、兄姉に記憶していることを教えてほしいと頼み、それぞれの8月6日の行動をつぶさに追いかけ、「母の胎内から見た原爆」「写真でしか知らない父への想い」を、より確かなものにできたそうです。
 2003年、稲城市の被爆者の会(稲友会)の発足に関わり、12年からは会長に就任。東友会では、法人の業務執行理事、協議会の会計を務め、17年からは協議会の常任理事に。
 日本被団協の事務局次長としても活躍。2018年10月にはニューヨークの国連本部に「ヒバクシャ国際署名」を提出する日本被団協代表団として参加しました。
 温厚で誠実な人柄が、年長の被爆者からも慕われています。(綿平敬三)