原爆被害とその後を生きた人間の記録を守る
追悼祈念館に託された役割に期待

 「一枚の写真に、平和への願いを込めて 原爆死没者のお名前と遺影をお寄せください」。1995年に制定された「被爆者援護法」41条により、国が広島・長崎両市に開設した国立「原爆被爆者追悼平和祈念館」のよびかけです。

広島の追悼祈念館

 広島の祈念館は2003年8月、原爆資料館から徒歩2分程度の平和公園内・元安橋の近くにオープン。入口から回廊を降りた先に円筒形の「追悼空間」があり、中央には原爆投下の8時15分を示した水盤から、被爆者が求めた水がこんこんと沸き出しています。壁面は爆心地付近からみた被爆後の街並みが、1945年末までの広島の死没者数14万人と同じ数のタイルで表現されています。
 「追悼空間」を出ると多数の原爆死没者の写真があります。閲覧室には、被爆体験記や死没者の記録、証言映像が閲覧できる画面が用意されています。

なかを歩く人の身長の4倍はある、高い天井を持つ空間
円筒形の追悼空間(広島)
「ここに、原子爆弾によって亡くなった人々を心から追悼するとともに、誤った国策により犠牲となった多くの人々に思いを致しながら、その惨禍を二度と繰り返すことがないよう、後代に語り継ぎ、広く内外へ伝え、一日も葉早く核兵器のない平和な世界を築くことを誓います。」という文が、日本語・英語・中国語・ハングルで書かれている。
祈念館設置の趣旨
ヘッドホンを使い、机の上の端末を操作している人たち
閲覧室を利用する人たち
閲覧室にある端末のモニターに表示された東京の被爆者。顔写真、被爆体験などが表示されている。
東京の被爆者の記録も

長崎の追悼祈念館

 翌04年7月に開館した長崎の祈念館の入口は、巨大な水盤の脇をめぐる回廊になっています。夜間は、長崎で45年末までに亡くなった7万人と同じ数の光ファイバーが、この水盤を照らします。
 長崎の祈念館は原爆資料館の入口近くから専用の通路でつながっており、壁面は落ちついた古い木造のようになっています。設置されたモニターに原爆死没者の名前と遺影が紹介され、地下の「追悼空間」は長大な透明ケースの中に原爆死没者名簿が納められています。この名簿棚の方角には爆心地があります。

東友会も毎年協力

 両祈念館は、死没者の氏名と遺影にとどまらず、被爆証言集などの資料収集、被爆証言の記録映像(DVD)の作成と公開、被爆体験を伝える人びとの育成などをすすめています。
 東友会はこの事業に協力し、被爆者の遺族に死亡届の書類を郵送する際には、必ず追悼祈念館のチラシを同封しています。「語り継ぎ、語り残す」を合い言葉に1994年5月から呼びかけ389人分の被爆証言記録となった『未来への伝言』をはじめ、『生命もてここに証す』など東友会の刊行物を寄贈しています。
 記録映像を残す事業は祈念館と広島・長崎のテレビ局などが協力。全国の被爆者を訪ねて撮影しており、東友会でも数十人の被爆者を毎年紹介しています。
 祈念館では、これらの証言や刊行物を人名や団体名で検索して視聴したり、モニターで読むことができます。