被爆73年目の広島・長崎へ 東友会の代表が両市で活動

 東友会は、2018年も広島・長崎に代表を派遣し、原爆犠牲者の追悼事業をおこないました。広島・長崎両市からの依頼による遺族代表は、広島市に木岡紀久代さん(武蔵野)と長崎市に中西俊雄理事(葛飾)、東京都からの委託事業による死没者調査員として、広島市に山田玲子執行理事(豊島)、長崎に西岡泰二さん(町田)、両市に村田未知子執行理事(事務局)を派遣しました。

広島派遣

 8月5日、広島派遣代表一行は、西日本を襲った大水害の被害状況を気にしながら広島入り。途中の車窓から見えた土砂崩れの跡にもそっと黙祷しました。
 広島に入ってから、まず鶴見橋西詰の「被爆者の森」に植樹したイチョウの生育を確認した後、広島市中央公園の「東京の木」ケヤキの前で地区の会の代表とともに献水式をおこないました。式では、被爆40年を期して植樹した当時の被爆者の願いが紹介され、参加者全員が献水しました。その後代表は広島市国際会議場を訪ね、東京で亡くなられた277人の原爆死没者と広島市の名簿の照合を依頼しました。
 6日、代表は地区の会の派遣者とともに、平和祈念式に参列。式典は、原爆死没者名簿の奉納、広島市議会議長の式辞、広島市長などの代表献花、8時15分の原爆投下時に1分間の黙祷の後、広島市長の「平和宣言」がおこなわれ、子ども代表による「平和への誓い」へと進行しました。2018年の「平和への誓い」は広島市内の小学校6年生の男女の児童が担当。「73年前の事実を、被爆者の思いを、私たちが学んで心に感じたことを、伝える伝承者になります」と元気に朗読し、大きな拍手がわきました。
 式典の後、東友会と地区の会の代表は、47年前に東友会と神奈川県原爆被災者の会の慰霊墓参団が原爆供養塔の脇に植樹した「イチョウ」の生育を確認し、慰霊碑に参拝して献花しました。これらの行動には、ノーモア訴訟全国会議で広島を訪れていた大岩孝平代表理事、家島昌志執行理事、綿平敬三理事も同行しました。

献花台の前に立つ、東友会のたすきを掛けた被爆者たち
広島の平和式典のあと献花する東友会代表たち。
「東京の木」にひしゃくで水を掛ける献水式の参加者たち。
広島・献水式
東友会の代表と、手渡しで名簿を受け取る広島市職員。
広島・名簿照合

長崎派遣

 8月9日、長崎派遣代表は、長崎市平和公園内の「東京の木」クロガネモチへの献水式の後、平和祈念式典に参列しました。
 長崎市の式典は、長崎市議会議長による式辞の後に、2018年も原爆死没者名簿の奉安、献水と献花のあと原爆が投下された11時2分に黙祷。長崎市長による「平和宣言」が発せられました。
 長崎の式典では「平和への誓い」は被爆者代表が担当します。2018年は長崎市から強く依頼された日本被団協の田中煕巳代表委員が、この発言をおこないました。田中さんは、13歳で体験した被爆当時の有様と家族の死について証言し、日本被団協の活動を紹介するとともに「核兵器禁止条約」に背を向ける日本政府の態度を首相の面前で厳しく批判。「ヒバクシャ国際署名」運動の推進と「核兵器禁止条約」の速やかな発効を求めると発言し、会場からの大きな拍手に包まれました。
 東友会の代表は、式典後に平和祈念像に献花し、翌10日に長崎市役所の原爆被爆者対策部を訪問し、なごやかに懇談。175人の東京の原爆死没者と長崎市の死没者名簿の照合を依頼しました。

献花台の前に立つ東京の被爆者たち
長崎の平和式典のあと献花する東友会代表たち。
「東京の木」の前に立つ参加者たち。一人がマイクを持ちあいさつしている。
長崎・献水式
着席して名簿の受け渡しをする東友会の代表と長崎市職員。
長崎・名簿照合

安倍首相 条約不参加を強調

 安倍晋三首相は、2018年も広島・長崎両市の式典で挨拶しましたが、「核兵器禁止条約」の批准にも被爆者援護の充実にもふれず、原爆症認定問題も審査基準ではなく審査期間の短縮をすすめることだけについて発言しました。
 広島・長崎の両市でおこなわれた被爆者団体との懇談では、どちらの被爆者からも、「なぜ条約に参加しないのか」と問われましたがまともに回答せず、その後の記者会見で再び問われて「わが国としてこれに参加しないとの立場には変わりはない」と明言し、被爆者と非核を願う国民を落胆させました。