東友会役員の紹介「八十路を越えても」

 2017年3月末日、東京都内に住む被爆者の平均年齢は80歳を超えました。東友会と被爆者地区の会の運動、集会、裁判の傍聴は、高齢被爆者に支えられています。
 そこで東友会広報委員会は、「八十路を越えても」のタイトルで、東友会を支える80歳以上で元気に活躍する東友会のみなさんを順次、紹介していくことにしました。

第13回 (1) 東友会理事(江東) 明田靜江さん

明田靜江さん

 明田靜江さんは周囲をパッと明るくする人。笑顔は天下一品、笑いの中心にいるステキな女性です。
 しかし、原爆は明田さんの家族を引き裂きました。女学校2年生、16歳のときでした。
 広島郊外の廿日市の工場に動員されていた明田さんが、広島市鉄砲町、爆心地から1キロのところにあった自宅に戻ると、母と二人の姉、兄夫婦と姪は全員が無事でした。喜んだのもつかの間、田舎に避難した9月になって、毎週一人ずつ亡くなり、残ったのは一番上の姉と二人だけでした。
 銀行に勤めて大恋愛して結婚。男女二人の子どもに恵まれました。
 いま一番頼りになるのは娘さんとか。このお正月に足を痛めて外に出られなくなっても、ずっと一緒にいてくれたそうです。
 明田さんは協議会理事歴10年目。毎月の新聞「東友」発送などをボランティアで担当している「猫の手会」の重要メンバーの一人としても活躍中です。さらに行動派。「独り暮らしだとボケるから」と、東友会の会議や行動にもほとんど参加し、周囲の人を励ましています。
(村田未知子)

第13回 (2) 東友会理事(新宿) 加藤和巳さん

加藤和巳さん

 新宿・新和会会長の加藤さんは、今年3月に米寿を迎える年齢とは思えない若々しさで活躍中です。
 広島の東白島町(爆心地から1・8キロ)の自宅で直爆。父親と一緒でした。他の家族は疎開中で無事だったとのこと。被爆後今日まで肝炎、脳内出血などの大病で入院もされましたが、今はお元気です。
 新和会に入会されたのは前会長の山根ミサヲさんに誘われたのがきっかけで、その時期などははっきりと憶えていないとのことです。会として被爆証言を始めるきっかけは、来日したアメリカ人に被爆体験を話したおり、同席した神父さんからこれからも体験を話すよう強く諭されたからだそうです。
 最近は、地区の音楽愛好家仲間のリーダーとして、2017年11月に若松地域センターでの「いきいきフェスタ」において合唱を披露し、その席上で被爆の体験を話しました。
 会として実施したい今後の活動は、「自治体を含め公人・私人の別なく諸団体とも交流を広め、文化活動の面においても協力態勢を進めたい」とのことでした。
(広中弘道)