被爆者年末お見舞い訪問 からだは衰えても被爆体験の記憶は強く

 2017年末、「被爆者に年末見舞金を贈るつどい」が開かれ、そこで贈呈されたお見舞金と、東都生協組合員から届けられた手作りの膝掛けや帽子などの編み物を持って、各地区ごとにお見舞い訪問がおこなわれました。「つどい」の模様は12月号(398号)に既報ですが、要約を再掲するとともに、現在寄せられている地区からの報告をいくつか紹介します。

 2017年12月10日、53回目となる東友会と東京原水協の「被爆者に年末見舞金を贈るつどい」が、平和と労働センターホールで開かれ、31区市から65人が参加しました。
 つどいでは、「語り残したい被爆者運動の数々」のテーマで、東友会の山本英典執行理事が講演しました。
 東京原水協の橋本博代表理事から東友会の大岩孝平代表理事に、30区市の被爆者184人に1人3000円の見舞金が手渡されました。

年末見舞い金とは

 被爆者に年末見舞い金を贈る運動は、1965年から日本原水協がはじめました。
 当時は、給与の端数を労働組合がよびかけて集めたり、街頭などで募金が訴えられました。最初の年末見舞金は、103人の被爆者に1000円ずつ配られた記録が残っています。
 当時、支給されていた手当は、原爆症認定を受けた病気の治療中の人には月3000円、治癒したら1500円のみ。ほとんどの被爆者地区の会も結成したばかりで、年末見舞いの訪問によって、多くの被爆者が励まされ、会が強化されてきました。
 これまでに見舞金を受けた被爆者はのべ1万950人、見舞金の総額は3318万4000円となっています。

ビルの前、大きい臼と杵で餅を搗く人たち
地区ごとに工夫も:港区では東京土建港支部がついた餅を見舞金とともに贈呈。

地区からの訪問報告(訪問日付順)

杉並光友会

 12月6日から21日にかけて、杉並光友会から6人、杉並原水協から2人が参加し、分担して9人の被爆者宅を訪問しました。
 通院・通所のためご本人とはお会いできない方もいましたが、同居のご家族と面会でき、お見舞金を渡すことができました。
 ある方は、被爆者の会の会費を納入できていないことを気にしていましたが、「困ったときは遠慮なくお電話ください」というと、とても喜んでいました。
 訪問しても不在だったお宅も、何度目かでご家族にお会いでき、ご本人が介護施設に入所なさったことを聞きました。お見舞金はご家族に託しました。

訪問先の玄関で談笑する訪問者と訪問先の方
分担して対象者を訪問(杉並)

中野・長広会

 12月13日から15日にかけて、中野長広会の役員3人と中野原水協の方合わせて4人で被爆者宅を訪問し、お見舞金を渡しました。
 健康上の悩みは人それぞれですが、加齢とともに通院を欠かせない人が年々増えていることを痛感しました。
 訪問できる人数は限られますが、年末の訪問は数少ない貴重な交流の機会でもあり、無事な姿を確認し合い、良き新年を迎えられるように励まし合ってひと時を過ごしました。
(家島昌志)

居間でパンフレットを渡す訪問者と、こたつに入って受け取る訪問先の方
制度の説明パンフを渡す(中野)

被爆者練馬の会

 12月20日、被爆者練馬の会から3人、練馬原水協から1人が参加して、4軒のお宅を訪問しました。共通しているのは、みなさんそれなりの病気があり、通院したり、介護を受けていることでした。
 老健施設と自宅を行き来している方にお会いできましたが、身体は弱っていても、「戦争はいや」「核兵器も反対」と、はっきり語っておられたのが印象的でした。
 ある独り暮らしの方から、連絡があって訪問日を23日に延期しました。しばらく前から起こっていた症状で急きょ病院に行くことになったからです。

訪問者と、介助機能付きベッドに腰掛けて訪問者に語っている訪問先の方
あふれる思いを語る(練馬)

武蔵野けやき会

 12月22日、武蔵野原水協から2人、武蔵野けやき会から1人が参加し、5人の被爆者宅を訪問しました。
 92歳の方2人、87歳の方1人を訪問しましたが、みなさん年相応の衰えはあるものの、元気に迎えてくださり、被爆時の状況を克明に話す人もいて、それぞれのお宅で話がはずみました。
 一方、訪問予定のうち1人は訪ね先が見つからず、もう1人はご病気でお会いできず。見舞金を託してきました。
(梅岡功)

見舞金を手渡す訪問者と、笑顔で受け取る訪問先の方
施設に訪問してお見舞い(武蔵野)

港・港友会

 12月23日、港原水協と東京土建港支部の支援を得て、年末お見舞い訪問をおこないました。港友会からは2人が参加しました。
 一人の女性は、体調がすぐれずお嫁さんが対応。事前に渡してあった国際署名にサインがしてあり、募金も寄せてくださいました。
 今回初めて訪問した女性は、毎日介護の人に来てもらっているそうで、リウマチで変形した手をしていましたが、国際署名に堂々とした字でサインしてくださり、お見舞い訪問をとても喜んでくれました。
 お一人、何度訪問しても留守のお宅があり心配しています。また、昨年訪問したうち2人が亡くなられたのは寂しく感じました。
(髙木恭之)

訪問先の方をはさんで両隣に座る訪問者、3人がカメラに向かって微笑む
見舞金とお餅を贈る(港)

町田・町友会

 町友会ではここ数年、対象地区を絞って被爆者宅を訪問するようにしています。今年は金井・玉川学園地区で、12月23日に町友会理事と原水協役員の14人が4班に分かれ、被爆者17人のお宅を車で訪ねました。
 訪ねると、皆さん私たちの訪問を待っておられ、中にはご自身の健康状態を紙に書いて用意しておられる方もいました。
 70歳代の方は皆さんおおむねお元気で、被爆当時のこともいろいろ話されましたが、被爆証言として語るようにお願いすると、皆さん幼児期のことで親から聞いたことが多く、具体的な証言は難しい、との答えが多かったです。
(竹中清史)

街角で、訪問者たちみなさんの集合写真
待ち合わせて訪問へ出発(町田)

江東・江友会

 12月24日に、江友会から5人、江東原水協から3人が参加し、2班に分かれて6人の被爆者宅を訪問しました。
 当然ながら、訪問した皆さんは何らかの不調を抱えておられ、とりわけ足腰の不調で歩行に不安をかかえている方が多いのが目立ちました。
 お一人、見舞金を辞退される方があり、別の方に連絡したところ施設に入っておられ、インフルエンザの流行により家族以外面会謝絶でしたので、さらに別の方に贈呈しました。
 見舞金を届ける側も足腰があやしくなっていますが、来年も贈り届ける側にいたいと思います。
(森貞士)

訪問先の居間で談笑する訪問者と訪問先の方
言葉を交わし合うひと時(江東)

立川友の会

 12月24日、立川友の会から3人、立川原水協から1人が参加して、4人の被爆者宅を訪問しました。
 今回、過去に見舞金を渡したことがない高齢者を選んだところ、偶然にも全員長崎被爆でした。3人は家族と同居。足腰の衰えはあるものの、大きな問題はないとのことでした。独り暮らしの方は、週一回の割で買い物をヘルパーさんに頼んでいるとのことでした。
 みなさん訪問を喜んでくださり、中には被爆当時の話をとめどなく語る人もいて、話を聞いてくれる人が欲しいのかと感じました。

訪問先の玄関まえで、笑顔の訪問者と訪問先の方
玄関先でもはずむ会話(立川)