原爆犠牲者追悼のつどい 慰霊碑献水式 厳かに…
核兵器禁止条約の成立を霊前に報告
各界代表から心に残る追悼のことば

 東京都が主催する「原爆犠牲者追悼のつどい」と東友会が主催する原爆犠牲者慰霊碑への献水式が2017年9月24日におこなわれました。
 葛飾区青戸平和公園にある原爆犠牲者慰霊碑への献水式には、遺族、被爆者、国会・都議会議員、東友会役員など68人が参加。黙祷を献げた後、東友会の大岩孝平代表理事が慰霊碑に献花しました。

壁一面分の大きさのスクリーンのある広い部屋で行われた相談会、着席してスライドを見る参加者
青戸平和公園の慰霊碑前での献水式に集った人たち

 「追悼のつどい」は135人が参列して、会場のテクノプラザかつしかホールで厳かに執りおこなわれました。
 冒頭、原爆犠牲者に黙祷が献げられ、東京都知事の代理として東京都福祉保健局の笹井敬子技監が式辞を述べました。次いで東友会の大岩孝平代表理事、東京都議会の尾崎大介議長が挨拶。広島・長崎両市市長のメッセージが杉浦信人広島市東京事務所長、光武恒人長崎市東京事務所長から代読され、青木克德葛飾区長、参列者代表として東京都生協連の秋山純専務理事が追悼のことばを述べました。
 大岩代表は、7月に実現した核兵器禁止条約の重要性と被爆者の果たした役割について原爆死没者に報告。生協連の秋山氏も、市民の立場から核兵器廃絶の重要性を印象的に語りました。
 その後、来賓と遺族、被爆者が献花。遺族が希望した230人の原爆死没者の名前が読み上げられたあと、2016年の「つどい」以降に亡くなった被爆者への思いを込めて、東友会の山本英典執行理事が「献げることば」を述べました。
 2017年の「語り継ぐ」は、東友会の山田玲子執行理事が「広島の母校に慰霊碑を建立して」と題し、己斐国民学校の校庭に埋められた人びとへの追悼の思いを10年間訴え続けて慰霊碑を建立した運動を報告。感動をよんでいました。

慰霊碑と追悼事業の成り立ち

 戦後、「広島や長崎は遠い。墓参のため毎年は帰れない。近くで追悼できないか」という声に応え、東友会が初めて追悼事業を実施したのは1961年8月。5年後には被爆者と都民の寄付を集め、品川・東海寺のご厚意で境内に「原爆犠牲者慰霊碑」を建立。以後毎年、慰霊碑前で追悼のつどいをおこなってきました。2012年10月、葛飾区の支援を得て、公立公園である青戸平和公園内に慰霊碑を移設。翌2013年から追悼事業は東京都が主催、東友会が実施主体として挙行されています。

壁一面分の大きさのスクリーンのある広い部屋で行われた相談会、着席してスライドを見る参加者
東京都主催の「追悼のつどい」に参列したみなさん
参加者がひとり、立って質問している。多の参加者や相談員がそれを聞いている。
献花する尾崎大介都議会議長
東京都知事代理 笹井敬子福祉保健局技監
葛飾区 青木克德区長
参列者代表 秋山純東京都生協連専務理事

「追悼のつどい」「慰霊碑献水式」にご参列いただいた方がた (敬称略・順不同)

 今回の「追悼のつどい」と「慰霊碑献水式」には、衆議院解散が確定した時期でしたが国会、都議会、区市議会の各議員にご参列いただきました。参列された議員と遺族・被爆者以外の方がたを掲載し、お礼に代えさせていただきます。

 尾崎大介(都議会議長)、竹谷とし子(参議院議員・公明)、笠井亮(衆議院議員・共産)、米川大二郎(都議会議員・都民ファースト)、舟坂ちかお(都議会議員・自民)、野上純子(都議会議員・公明)、和泉なおみ・河野ゆりえ(都議会議員・共産)、西沢けいた(都議会議員・民進)、山内れい子(都議会議員・生活者ネット)、杉浦信人(広島市東京事務所長)、光武恒人(長崎市東京事務所長)、青木克德(葛飾区長)、安西俊一(葛飾区議会議長)、木下広(豊島区議会議長)、滝口幸一(小平市議会議長)、岩永ひさか(多摩市議会副議長)、平田みつよし(葛飾区議会議員・自民)、おりかさ明実・中江秀夫(葛飾区議会議員・共産)、かわごえ誠一(葛飾区議会議員・民進)、うめだ信利(葛飾区議会議員・無所属)、天野ゆうや(葛飾区議会議員・無所属)、秋山純(東京都生協連)、篠田栄子(東都生協)、安田和也(第五福竜丸平和協会)、内藤雅義(弁護士)、赤羽恵(はたがや協立診療所)、市川順子・長谷川邦夫(東京原水協)、木村陽治・細谷正幸(葛飾原水協)、渡辺吉司(東京非核政府の会)、八巻暁美(東京母親大会連絡会)、木原登美子(世田谷ピースPeace同友会)、飯田史朗・石川貞夫・田中千恵子(原爆忌東京俳句大会実行委員会)、永堀トミイ(新婦人葛飾支部)、M・G・シェフタル(静岡大学)、夏目侑子(個人)、笹井敬子(都福祉保健局技監)、矢内真理子(同保健政策部長)、小林一司(同疾病対策課長)、白石哲夫(同課長代理・被爆者援護担当)、杉村浩樹(同被爆者援護担当)