【解説】 核兵器禁止条約と被爆者の役割
弁護士 内藤雅義

[1] 核兵器禁止条約議長案の内容

内藤弁護士

 6月15日から7月7日まで核兵器禁止条約交渉会議の第2会期が開催されています。3月末の第1会期での議論を受けて去る5月22日にはエレイン・ホワイト議長から禁止条約草案が提示されました。ホワイト議長は、5月24日に提案の理由を説明する文書を発表しました。そこで、議長案の内容を、経過、条約案、説明文書から見てみたいと思います。

1.核兵器禁止条約の基礎としての非人道性

 議長案では核兵器使用の非人道性が基礎におかれています。
 前文には、核兵器の使用がもたらず破局的な人道的結末から見て二度と再び使われてはならないこと、そして、核兵器使用の被害者(ヒバクシャ)と核実験の被害者の苦痛からみて、核兵器の使用は、いかなる場合にも国際人道法と両立しないことが議長案の中核です。これを受けて、第1条の一般的義務として、いかなる場合にも使用、開発、実験、保有等を禁じる構造となっているのです。
 1996年の国際司法裁判所の勧告的意見では、いかなる場合にも核兵器の使用が違法だとする絶対違法説に立つ裁判官がいましたが、多数意見は一般的には核兵器の使用が国際人道法に反するとしながら、自衛の極端な場合には、明確に判断が出来ないという曖昧な部分を残す立場をとっていました。こうした中で、2010年のNPT再検討会議の最終文書では「核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果をもたらすこと」に深い懸念が表明され、また「いかなる時も、国際人道法を含め、適用可能な国際法を遵守する必要」があることが合意されました。
 これを受けて、オスロ(ノルウェー)、ナジャリット(メキシコ)、ウィーン(オーストリア)で「核兵器の人道上の結末」に関する国際会議が開かれ、そこには被爆者も参加しました。ウィーン会議後、核兵器使用の人道上の結末の深刻さを踏まえ勧告的意見で残された曖昧部分の「法的ギャップ」を埋める必要を指摘する「人道上の誓約」が提唱され、これに基づく国連決議によって2016年の国連作業部会(OEWG)が開催され、2016年12月の国連総会で交渉会議に至ったという経過になります。
 議長案は、「いかなる場合」も使用、保有が禁止されることが明示されました。つまり、非人道性を基礎に、自衛のための核兵器使用も禁止されるという明確な立場の表明です。

2.既存の核軍縮・不拡散体制の補完と強化

 これまでの核軍備体制を規律している国際法的枠組みとしては、核不拡散条約(NPT)があります。NPT下では、国連常任理事国である米露英仏中(核兵器国)に核兵器保有を認めながら、その他の国(非核兵器国)には、核兵器の保有を禁じ(核不拡散義務)、これを守らせるために国際原子力機関(IAEA)の保障措置(検証)があります。ただ、この不平等を取り除くために、核兵器国には、核軍縮義務が課されています。しかし、核兵器国はこれを誠実に履行しているとは言えないことが今回の禁止条約に至る大きな背景です。
 核兵器国及び核兵器依存国は、禁止条約は、NPT体制を脆弱にするもので核拡散につながりうると主張してきました。これに対し、前文では、NPTの重要性がうたわれ、5月24日の説明文書でも禁止条約がNPTへの補完、強化につながることが強調されています。
 また、核兵器国は、核兵器について現在の世界の安全保障の根幹をなすものであり、核兵器を使ってはいけないことにすると核抑止が効かなくなり(抑止は使うこともあり得るとして初めて効果がある)、世界を不安定化して危険であるとも主張しています。しかし、むしろ、議長案は、核兵器使用の人道上の結末を明らかにしつつ核兵器国が怠っている核軍縮義務の履行を迫る意味を持っています。この部分は第2会期の大きな争点だと思います。

3.将来への基礎

 禁止条約交渉会議には、核兵器国、そして日本を含む多くの核抑止依存国(オランダを除く)が参加していません。そして、核兵器国が禁止条約に参加しないと核兵器の廃絶にはつながりません。そこで、核兵器国の参加については、議長案では、核兵器国の巻き込み方については、柔軟な対応をとっています。
 一つは、核兵器を廃絶してから、締約国として禁止条約に加わる方法(南アフリカ共和国等がNPTに加入するときにとられた方法)であり、もう一つは、締約国が核兵器国と加入方法を議論する方法が草案では提示されています。
 なお、議長案では、核抑止依存国は、核の傘から離脱しないと禁止条約の締約国には、なれません。

4.禁止条約の発効

 議長案では、40カ国が署名批准をすると発効することになっています。包括的核実験禁止条約では、発効条件が厳しいために未だに発効していませんが、これに比べると遙かに緩やかです。議長は、7月7日までには、条約案を採択すると述べていますので、それほど遠くない時期に禁止条約が発効する事になると思います。

[2] 被爆者の果たしてきた役割と国際署名に意義

1.公共の良心とヒバクシャ(Hibakusha)

 禁止条約案前文には、二つの箇所に「ヒバクシャ」(Hibakusha)という言葉が入っています。
 一つは、「核兵器使用の被害者(ヒバクシャ)及び核実験被害者の苦痛に心を留め」(第3段)という部分であり、もう一つは「核兵器の全面的廃絶の要請に示された人道の諸原則の推進における公共の良心の役割を強調し、また、このために国際連合、赤十字国際委員会、多数の非政府機関及びヒバクシャが行っている努力を認識」(第14段)するという部分です。
 議長案は、核兵器使用の非人道性を禁止の基礎においていますが、ヒバクシャの苦痛の言及があることは、とても大きな意味を持ちます。ただ、私がそれ以上に大切だと思うのは、「核兵器の全面的廃絶の要請に示された人道の諸原則の推進における公共の良心の役割を強調し……ヒバクシャが行っている努力を認識し」という部分です。
 被爆者が生き残った心の傷や差別を乗り越え、自分と人のために被害を訴えてきたこと自体が人間らしくありたいという人間の良心そのものだと思うからです。それこそが、人々を動かしてきたのだと思うのです。
 被爆者の皆さんには、被爆証言をすること自体が、人間らしさとしての良心の証であり、人を動かしてきたのだとの確信を持っていただきたいと思っています。それこそが、禁止条約交渉会議を開催させるに至った原動力だと思います。

被爆者を先頭に、「核兵器なくそう6.17おりづるパレード」と書かれた横断幕を掲げまちをゆくパレード。
手を振り沿道の都民に訴える、「6.17おりづるパレード」参加の被爆者たち。

2.国際署名

 ご承知のように、2016年4月広島・長崎の国内外の被爆者9名による国際署名が開始され、日本では既に300万人分が集められています。
 日本政府は、残念ながら、禁止条約交渉会議に参加していません。
 日本政府に参加を促すためにも、国際署名の意義は極めて重要です。それは日本政府の核抑止依存政策を変えさせ、禁止条約の締約国に加わることを求めるためにも大きな意味を持ちます。
 とりわけ、通常兵器を含む非核兵器に対しても核兵器を使うことを容認(先制使用容認)する政策を変更させるためにも重要だと考えます。
 被爆者としての思いに裏付けられた声が日本と世界を変えます。