「核兵器禁止条約」の実現へ いまできることを
被爆者はあの日のヒロシマ・ナガサキを今も忘れない

 2017年3月27日から31日、国連で第1回核兵器禁止条約交渉会議がおこなわれました(次回は6月15日から)。
 交渉会議には、日本被団協から藤森俊希事務局次長が出席。「ふたたび被爆者をつくるな」の被爆者の訴えが条約に盛り込まれ、世界が核兵器廃絶へ大きく前進することを希望します、と各国代表に呼びかけました。この呼びかけに呼応して、東友会も積極的に各種の行動に参加しました。

 国連核兵器禁止条約交渉会議に「積極的に参加し、唯一の被爆国として主張すべきことは主張したい」。2016年10月28日に広島選出の外相が記者会見で明言したことから、東京の被爆者は政府の動きを注目していました。しかし政府が態度を明確にしないことから東友会は、「核兵器なくそう!3・27大集会」実行委員会に参加して、交渉会議への政府の参加を求めました。
 真冬に戻ったかのような悪天候をついて、集会には東友会から40人、全体で250人が参加。急きょ衆議院第1議員会館に会場を変更した集会では、国会議員の後、東友会の被爆者がマイクを持って次々に発言。大岩孝平代表理事は「日本は独立国なら核兵器禁止条約にさっさと賛成しなさい。数億の『ヒバクシャ国際署名』で核保有国を包囲しよう」と。山本英典執行理事は「二つのがんと心臓バイパス、脊椎骨折で手術を受け満身創痍だが、核兵器廃絶のために寝ていられないと思い参加した」、足立・足友会の藤澤汎子事務局長は「建物疎開の作業中に被爆した兄は遺体すら見つからなかった。条約の実現を期待して、私も行動したい」と発言し拍手に包まれました。
 その後、参加した青年、女性、労組などの代表が発言。参加者は、「核兵器禁止条約つくれ」のパネルをかかげてコールをくり返しました。
 翌々日の3月29日、会議への不参加を決定した政府に対して「3・27実行委員会」は、緊急の要請行動を首相官邸前でおこないました。
 前日の呼びかけにもかかわらず、東友会から10人、全体で53人が参加して「核兵器禁止条約つくれ」の横幕を掲げて、「今からでも参加せよ」「政府は被爆者の声を聞け」とコールしました。

東友会のたすきを掛け、パネルを両手で掲げる被爆者たち。
大集会で「核兵器禁止」と「条約つくれ」のパネルを掲げたコール(27日)。
「核兵器禁止条約つくれ」とかかれた横断幕を持つ被爆者たち。その奥に、さまざまな団体ののぼりが立ち、参加者が連なっている。
首相官邸前で緊急の要請行動(29日)。

「ヒバクシャ国際署名」全国行動 東京では渋谷駅頭で街頭宣伝など

街頭署名

 ヒバクシャ国際署名全国連絡会は3月22日午後、多くの人びとが行き交う渋谷・ハチ公前で1時間の街頭署名行動をおこないました。
 民族歌舞団「荒馬座」の小太鼓と笛のパフォーマンスではじまり、日本被団協の木戸季市事務局次長、東友会の大岩孝平代表理事をはじめ、千葉、埼玉、神奈川各県の被爆者および連絡会参加団体の参加者がマイクを握ってアピールしました。23団体77人が参加(うち被爆者36人、東友会からは15人)。街頭での呼びかけに、251人から署名が寄せられました。

記者会見

 全国連絡会は、午後5時から参院議員会館の会議室で記者会見をおこない、日本被団協の田中煕巳事務局長、児玉三智子事務局次長と川崎哲さん(連絡会・NGO)が対応。交渉会議に合わせておこなった署名の集計は、これまでの累計で172万4266人分と発表されました。

渋谷ハチ公前広場で、国際署名のポスターや横断幕を掲げて訴える被爆者たち。
渋谷駅頭に集った首都圏の被爆者

院内集会

 午後6時から、同じ会場で院内集会が開催され、90人が参加。日本被団協の田中事務局長が挨拶し、応援に駆けつけた公明、民進、共産、自由、社民の各政党代表(発言順)が連帯の挨拶をおこないました。
 27日から開催の核兵器禁止条約の要点説明を川崎哲さんがスライドを使っておこない、東友会の長年の相談活動の中から被爆者の生き様を紹介した証言を濱住治郎・村田未知子両執行理事がスライドを使っておこない、参加者の感動を呼びました。
 全国連絡会の林田光弘キャンペーンリーダーは、被爆者の思いを運動の土台に据えて国際署名を進めていこうと呼びかけました。

スライドが投影されているスクリーンの下がった天井の高い会場で席に着き報告を聞く参加者たち。
院内集会